解析学的なアプローチによるクォータニオンの導出


ここまではずっと、3次元空間上のベクトルを回転するという幾何学的な操作でクォータニオンを解説してきました。しかし、11ページ目の「まとめと余談」でみたように、幾何学的に見ると、クォータニオンは3次元の回転というよりは、2次元の複素空間での回転、もしくは4次元の実空間での回転をあらわすようなものになっていて、3次元空間の回転との直接的な関係ははっきりしませんでした。そのため、なんかスッキリせず、モヤモヤしたものが残っている人も多いと思います。

しかし、解析学的なアプローチを取ることで、3次元の回転からクォータニオン(パウリのスピン行列, 11ページ参照)を直接導くことができるので、解説してみたいと思います。

ここで、解析学的なアプローチといっているのは、3次元空間上のベクトルを扱うのではなく、3次元空間上に定義された関数を扱うということを意味しています。

さて、3次元空間上に定義された関数を
$$ |\psi\rangle = \psi(x, y, z) $$
などと書くことにしましょう。関数の値は実数ではなく複素数を取ることができるとします。関数というのは無限個の要素を持つベクトルと考えることもできるので、ベクトルと同じように内積を定義することができます。関数 \(|\phi\rangle\) と \(|\psi\rangle\) の内積を \(\langle\phi|\psi\rangle\) と書いて次のように定義します。
$$ \langle\phi|\psi\rangle\ \equiv \ \iiint_{-\infty}^{\infty}\phi^{*}(x, y, z) \,\psi(x, y, z)\,dx\,dy\,dz $$
ここで、\(*\) は複素共役をあらわします。片方に複素共役をとっているので、\(\langle\psi|\psi\rangle\) は必ず0以上の値になり、関数 \(\psi\) の大きさを
$$ |\psi|^2 \equiv \langle\psi|\psi\rangle $$
で定義することができます。

次に、関数 \(|\psi\rangle\) に何らかの変換を施して \(|\psi’\rangle\) を作る演算子を \(\hat{A}\) として、次のように書くことにします。
$$ |\psi’\rangle = |\hat{A}\psi\rangle = \hat{A}|\psi\rangle $$
そして、\(\hat{A}\) のエルミート共役 \(\hat{A}^{\dagger}\) を定義して、任意の関数 \(|\psi\rangle\), \(|\phi\rangle\) に対して
$$ \langle\phi|\hat{A}^{\dagger}|\psi\rangle = \langle\hat{A}\phi|\psi\rangle = \langle\psi|\hat{A}|\phi\rangle^* $$
が成り立つものとします。エルミート共役を2回とると元に戻ります。
$$ \langle\phi|\hat{A}^{\dagger\dagger}|\psi\rangle = \langle\psi|\hat{A}^{\dagger}|\phi\rangle^* = \langle\phi|\hat{A}|\psi\rangle $$
エルミート共役は、行列で言うと転置して複素共役を取ることに相当します。

さて、\(\hat{A}^{\dagger} = \hat{A}\) となるような演算子を考えてみましょう。関数 \(|\psi\rangle\) が \(\hat{A}\) の固有関数になっているとして、その固有値を \(\lambda\) とします。
$$ \hat{A}|\psi\rangle = \lambda |\psi\rangle $$
このとき、
$$ \lambda^{*}\langle\psi|\psi\rangle = \langle\hat{A}\psi|\psi\rangle = \langle\psi|\hat{A}^{\dagger}|\psi\rangle = \langle\psi|\hat{A}|\psi\rangle = \lambda\langle\psi|\psi\rangle $$
となるので、\(\lambda^{*} = \lambda\)、すなわち、\(\hat{A}\) の固有値は実数となることがわかります。この \(\hat{A}\) のように、エルミート共役をとると自分自身にもどる演算子をエルミート演算子といったり、\(\hat{A}\) はエルミートであるといったりします。そして、エルミート演算子の固有値は実数となります。

これでクォータニオンを導出する準備が整いました。さっそく取り掛かりましょう。

まず、関数 \(|\psi\rangle\) が3次元空間の回転によってどのように変化するかを考えます。ある回転操作 \(\hat{R}\) によって座標 \((x, y, z)\) が \((x’, y’, z’)\) に変換されたとして、次のように書くことにします。
$$ \psi(x’, y’, z’) = \hat{R}\,\psi(x, y, z) $$
回転によって、内積を定義している積分範囲は変化しないので、
$$ \langle\phi|\psi\rangle = \langle\hat{R}\,\phi|\hat{R}\,\psi\rangle = \langle\phi|\hat{R}^{\dagger}\hat{R}|\psi\rangle $$
が任意の関数 \(|\psi\rangle, |\phi\rangle\) に対して成り立ちます。
つまり、
$$ \hat{R}^{\dagger} = \hat{R}^{-1} $$
となります。

さて、無限小回転を考えてみましょう。z軸まわりに微小角度 \(\Delta\theta\) だけ座標を回転させると
\begin{eqnarray}
x’ & = & x + y\Delta\theta,\\
y’ & = & y -{} x\Delta\theta,\\
z’ & = & z
\end{eqnarray}
となるので、
$$ \hat{R} = \hat{I} + \left(y\frac{\partial}{\partial x} -{} x\frac{\partial}{\partial y}\right)\Delta\theta $$
となります(\(\hat{I}\) はなにもしない変換(恒等変換))。
ここで、
\begin{eqnarray}
\hat{R} & = & \hat{I} -\ i\hat{Z} \Delta\theta,\\
\hat{Z} & = & iy\frac{\partial}{\partial x} -{} ix\frac{\partial}{\partial y}
\end{eqnarray}
と書くことにします。4ページ目の微小変換のときと違って、\(\hat{Z}\) の前にわざわざ \(-i\) をつけたのは、\(\hat{Z}\) をエルミート演算子にするためです。実際、
$$ \hat{R}^{\dagger} = \hat{I} -{} \left(i\hat{Z}\right)^{\dagger} \Delta\theta $$
となるわけですが、エルミート共役の定義から \(\left(i\hat{Z}\right)^{\dagger} = -i\hat{Z}^{\dagger}\) となるので、
$$ \hat{R}^{\dagger} = \hat{R}^{-1} = \hat{I}\ + i\hat{Z} \Delta\theta $$
となるためには、\(\hat{Z}^{\dagger} = \hat{Z}\) とならなければなりません。
また、例えば4ページ目にでてきた2次元の回転の生成子
$$ X = \left(\begin{array}{cc}0 & -1\\ 1 & 0 \end{array}\right) $$
の固有値は純虚数の \(\pm i\) なので、これに \(i\) をかけることで、実数の固有値 \(\pm 1\) とすることができます。
固有値を実数にすることに本質的な意味はないのですが、色々と都合がよい(特に量子物理学的には実数固有値でないと観測可能な物理量とならない)ので、\(\hat{Z}\) がエルミートになるように定義をしています。

x軸回転とy軸回転についても同じようにして
$$ \hat{X} = iz\frac{\partial}{\partial y} -{} iy\frac{\partial}{\partial z},\ \hat{Y} = ix\frac{\partial}{\partial z} -{} iz\frac{\partial}{\partial x} $$
を定義することができ、おなじみの交換関係を計算すると、
$$ [\hat{X},\ \hat{Y}] = i\hat{Z},\ [\hat{Y},\ \hat{Z}] = i\hat{X},\ [\hat{Z},\ \hat{X}] = i\hat{Y} $$
となります。交換関係に \(i\) が入ってしまうのは、\(\hat{X}, \hat{Y}, \hat{Z}\) がエルミートになるように定義した副作用で、本質的には3次元空間の回転の生成子 \(X, Y, Z\) の交換関係 (6ページ参照) と変わりありません。

さて、おなじみの交換関係が出てきたところで、ここからが本番です。\(\hat{X}, \hat{Y}, \hat{Z}\) は微分演算子となっているのですが、微分方程式を解くことは一切しないで、この交換関係だけから、これらの演算子の行列表現のひとつとして、クォータニオン(パウリのスピン行列)を導くことができます。

3次元空間上の任意の関数 \(|\psi\rangle\) や \(|\phi\rangle\) の集合は、内積を \(\langle\phi|\psi\rangle\) で定義した連続無限次元の線形空間と考えることができるわけですが、この集合の部分集合で、任意の回転に対して閉じている集合 \(L\) を考えます。つまり、\(|\psi\rangle\) が \(L\) の要素ならば、任意の回転演算子 \(\hat{R}\) に対して、\(\hat{R}|\psi\rangle\) も \(L\) の要素となるような集合です。微小回転を何回もかければ有限回転を作れるので、集合 \(L\) は微小回転の生成子 \(\hat{X}, \hat{Y}, \hat{Z}\) に対して閉じていれば、回転に対して閉じていると言えます。また、\(\hat{X}, \hat{Y}, \hat{Z}\) は線形演算子なので、集合 \(L\) は線形空間となります。

もし 集合 \(L\) が有限次元の線形空間、すなわち、\(L\) の要素 \(|\psi\rangle\) が \(n\) 個の基底関数 \(|\psi_{1}\rangle,\ |\psi_{2}\rangle,\ \cdots,\ |\psi_{n}\rangle\) の線形結合であらわせるのであれば、これらの線形結合の係数を \(n\) 次元ベクトルとして \(|\psi\rangle\) を表わすことができ、演算子 \(\hat{X}, \hat{Y}, \hat{Z}\) は \(n \times n\) の行列として表現することができます。これから求めようとしているのは、まさにこのような行列です。

まず、次のような演算子
$$ \hat{L^2} = \hat{X}^2 + \hat{Y}^2 + \hat{Z}^2 $$
を考えます。この演算子は \(\hat{X}, \hat{Y}, \hat{Z}\) のいずれとも可換です。
$$ [\hat{L^2}, \hat{X}] = [\hat{L^2}, \hat{Y}] = [\hat{L^2}, \hat{Z}] = 0 $$
つまり、任意の関数 \(|\psi\rangle\) に対して
$$ \hat{L^2}\hat{X}|\psi\rangle = \hat{X}\hat{L^2}|\psi\rangle,\ \hat{L^2}\hat{Y}|\psi\rangle = \hat{Y}\hat{L^2}|\psi\rangle,\ \hat{L^2}\hat{Z}|\psi\rangle = \hat{Z}\hat{L^2}|\psi\rangle $$
が成り立ちます。
もしも、関数 \(|\psi\rangle\) が \(\hat{L^2}\) の固有関数で、その固有値が \(\lambda\) だとすれば、
\begin{eqnarray}
\hat{L^2}\hat{X}|\psi\rangle & = & \hat{X}\hat{L^2}|\psi\rangle & = & \lambda\hat{X}|\psi\rangle,\\
\hat{L^2}\hat{Y}|\psi\rangle & = & \hat{Y}\hat{L^2}|\psi\rangle & = & \lambda\hat{Y}|\psi\rangle,\\
\hat{L^2}\hat{Z}|\psi\rangle & = & \hat{Z}\hat{L^2}|\psi\rangle & = & \lambda\hat{Z}|\psi\rangle
\end{eqnarray}
となり、関数 \(|\psi\rangle\) に \(\hat{X}, \hat{Y}, \hat{Z}\) を作用させても、\(\hat{L^2}\) の固有値は変わらないので、\(\hat{L^2}\) の固有値が同じとなる関数だけを使って集合 \(L\) を作ることができます。

\(\hat{L^2}\) とは違い、\(\hat{X}, \hat{Y}, \hat{Z}\) は互いに可換ではないので、関数 \(|\psi\rangle\) がこれらの3つの演算子のうち2つ以上の演算子に対して同時に固有関数となることはありません。最大でもいずれかひとつの演算子についてしか固有関数となることができないので、\(\hat{Z}\) を選び、集合 \(L\) の基底関数として、\(\hat{Z}\) の固有関数を選ぶことにします。このような基底関数のひとつを \(|\psi^{\lambda}_m\rangle\) とし、その固有値を \(m\) とします。
$$ \hat{Z}|\psi^{\lambda}_m\rangle = m|\psi^{\lambda}_m\rangle $$
そして、次のような演算子 \(\hat{Z_{+}},\ \hat{Z_{-}}\) を導入します。
\begin{eqnarray}
\hat{Z_{+}} & = & \hat{X} + i\hat{Y},\\
\hat{Z_{-}} & = & \hat{X} -{} i\hat{Y}.
\end{eqnarray}
このとき、
\begin{eqnarray}
\hat{Z}\hat{Z_{+}}|\psi^{\lambda}_m\rangle & = & ([\hat{Z}, \hat{Z_{+}}] + \hat{Z_{+}}\hat{Z})|\psi^{\lambda}_m\rangle & = & (m + 1)\hat{Z_{+}}|\psi^{\lambda}_m\rangle,\\
\hat{Z}\hat{Z_{-}}|\psi^{\lambda}_m\rangle & = & ([\hat{Z}, \hat{Z_{-}}] + \hat{Z_{-}}\hat{Z})|\psi^{\lambda}_m\rangle & = & (m -{} 1)\hat{Z_{-}}|\psi^{\lambda}_m\rangle
\end{eqnarray}
が成り立つので、演算子 \(\hat{Z_{+}},\ \hat{Z_{-}}\) は \(\hat{Z}\) の固有値を \(1\) だけ増減させる演算子になっています。また、\(\hat{X},\ \hat{Y}\) はエルミート演算子なので、\(\hat{Z_{+}}^{\dagger} = \hat{Z_{-}},\ \hat{Z_{-}}^{\dagger} = \hat{Z_{+}}\) となることがわかります。関数 \(|\psi^{\lambda}_m\rangle\) は \(\hat{Z_{-}}\hat{Z_{+}}\) や \(\hat{Z_{+}}\hat{Z_{-}}\) の固有関数にもなっているわですが、
\begin{eqnarray}
\langle\psi^{\lambda}_m|\hat{Z_{-}}\hat{Z_{+}}|\psi^{\lambda}_m\rangle & = & \langle\hat{Z_{-}}^{\dagger}\psi^{\lambda}_m|\hat{Z_{+}}\psi^{\lambda}_m\rangle & = & \langle\hat{Z_{+}}\psi^{\lambda}_m|\hat{Z_{+}}\psi^{\lambda}_m\rangle,\\
\langle\psi^{\lambda}_m|\hat{Z_{+}}\hat{Z_{-}}|\psi^{\lambda}_m\rangle & = & \langle\hat{Z_{+}}^{\dagger}\psi^{\lambda}_m|\hat{Z_{-}}\psi^{\lambda}_m\rangle & = & \langle\hat{Z_{-}}\psi^{\lambda}_m|\hat{Z_{-}}\psi^{\lambda}_m\rangle
\end{eqnarray}
となることから、\(\hat{Z_{-}}\hat{Z_{+}}\) や \(\hat{Z_{+}}\hat{Z_{-}}\) の固有値は0以上の実数のはずです。

\(\hat{Z_{-}}\hat{Z_{+}}\) と \(\hat{Z_{+}}\hat{Z_{-}}\) の固有値を求めてみましょう。
\begin{eqnarray}
\hat{Z_{-}}\hat{Z_{+}} & = & \hat{L^2} -{} \hat{Z}^2 -{} \hat{Z},\\
\hat{Z_{+}}\hat{Z_{-}} & = & \hat{L^2} -{} \hat{Z}^2 + \hat{Z}
\end{eqnarray}
となるので、\(\hat{L^2}\) の固有値を \(\lambda\) とすると
\begin{eqnarray}
\hat{Z_{-}}\hat{Z_{+}}|\psi^{\lambda}_m\rangle & = & (\lambda -{} m^2 -{} m)|\psi^{\lambda}_m\rangle,\\
\hat{Z_{+}}\hat{Z_{-}}|\psi^{\lambda}_m\rangle & = & (\lambda -{} m^2 + m)|\psi^{\lambda}_m\rangle
\end{eqnarray}
となることから、\(\lambda -{} m^2 -{} m\) と \(\lambda -{} m^2 + m\) が0以上の実数である必要があり、

\(\hat{Z}\) の固有値 \(m\) には下限と上限が存在することがわかります。その下限と上限を \(m_{min},\ m_{max}\) として、これらの固有値を持つ基底関数を \(|\psi^{\lambda}_{m_{min}}\rangle,\ |\psi^{\lambda}_{m_{max}}\rangle\) としましょう。このとき、\(\hat{Z_{-}}|\psi^{\lambda}_{m_{min}}\rangle = 0,\ \hat{Z_{+}}|\psi^{\lambda}_{m_{max}}\rangle = 0\) とならなければいけないので、
\begin{eqnarray}
\lambda -{} m_{max}^2 -{} m_{max} & = & 0、\\
\lambda -{} m_{min}^2 + m_{min} & = & 0
\end{eqnarray}
という連立方程式が成り立ち、\(\lambda\) を消去することで
$$ (m_{max} + m_{min})(m_{max} – m_{min} + 1) = 0 $$
が導かれます。\(m_{min} \lt m_{max}\) であるので、この方程式を満たすためには
$$ m_{max} = -m_{min} $$
である必要があります。そして、\(m_{max}\) と \(m_{min}\) の差分は整数であり、その差分の値は \(L\) の基底関数の個数 \({} -{} 1\) です。つまり、基底関数の個数を \(n\) とすれば、
\begin{eqnarray}
m_{max} & = & \frac{n -{} 1}{2},\\
m_{min} & = & -\frac{n -{} 1}{2},\\
\lambda & = & \frac{(n + 1)(n -{} 1)}{4}
\end{eqnarray}
となります。以降は、\(\hat{Z}\) の固有値 \(m\) の最大値を \(l\) として、
$$ |l,\ m\rangle \equiv |\psi^{\lambda}_{m}\rangle $$
と書くことにしましょう。

最も小さい集合 \(L\) は \(n = 1\) とすることで作れますが、これは \(|0,\ 0\rangle = \psi(r)\) という、原点からの距離 \(r\) のみに依存して、回転の影響を受けない関数となります。正規化した関数として、例えば \(\psi(r) = \frac{\delta(r -{} 1)}{4\pi}\) が考えられます。基本的に、集合 \(L\) 全体に \(r\) のみに依存する関数をかけて新しい集合を作っても、その集合は依然として回転に対して閉じているので、\(\delta(r -{} 1)\) をかけて、\(|l,\ m\rangle\) を \(r = 1\) の球面上に定義された関数とすることができます。

さて、その次に小さな \(n = 2\) のケース(\(l=1/2\))を考えてみます。集合 \(L\) は2次元の線形空間となるので、基底関数が正規直交化されている(*)として、
$$ \left|\frac{1}{2},\ \frac{1}{2}\right\rangle = \left(\begin{array}{c} 1 \\ 0 \end{array}\right),\
\left|\frac{1}{2},\ {-\frac{1}{2}}\right\rangle = \left(\begin{array}{c} 0 \\ 1 \end{array}\right) $$
というベクトルで表現すれば、\(\hat{X},\ \hat{Y},\ \hat{Z}\) を \(2 \times 2\) の行列で表現することができます。\(\hat{Z}\) は対角化されているので、簡単に求めることができます。
$$ \hat{Z} = \left(\begin{array}{cc} \frac{1}{2} & 0 \\ 0 & {-\frac{1}{2}} \end{array}\right) $$
次に \(\hat{Z_{+}}\) と \(\hat{Z_{-}}\) を求めてみます。\(\hat{Z_{+}}\) を \(|l,\ m\rangle\) にかけると、\(|l,\ m+1\rangle\) になるわけですが、そこには何か係数がかかるはずです。その係数を \(\gamma^l_m\) としましょう。
$$ \hat{Z_{+}}|l,\ m\rangle = \gamma^l_m |l,\ m+1\rangle $$
\(\hat{Z_{+}}^{\dagger}\) が \(\hat{Z_{-}}\) になることを思い出せば、
$$ {\gamma^l_m}^* \gamma^l_m \langle l,\ m+1|l,\ m+1\rangle = \langle l,\ m|\hat{Z_{-}}\hat{Z_{+}}|l,\ m\rangle = (l -{} m)(l + m + 1) \langle l,\ m|l,\ m\rangle $$
となり、基底関数を正規化するように (\(\langle l,\ m+1|l,\ m+1\rangle = \langle l,\ m|l,\ m\rangle = 1\) となるように) 選べば、
$$ {\gamma^l_m}^* \gamma^l_m = (l -{} m)(l + m + 1) $$
が得られます。基底関数を正規化しても、基底関数それぞれに大きさが 1 の複素数をかける自由度がまだ残っているので、\(\gamma^l_m\) が \(0\) 以上の実数になるように基底関数を選ぶことにしましょう。すると、\(l = 1/2,\ m = -1/2\) の場合には \(\gamma^l_m = 1\) となり、
\begin{eqnarray}
\hat{Z_{+}} & = & \left(\begin{array}{cc} 0 & 1 \\ 0 & 0 \end{array}\right),\\
\hat{Z_{-}} & = & \hat{Z_{+}}^{\dagger} = \left(\begin{array}{cc} 0 & 0 \\ 1 & 0 \end{array}\right)
\end{eqnarray}
が得られます。\(\hat{Z_{+}} + \hat{Z_{-}} = 2\hat{X},\ \hat{Z_{+}} – \hat{Z_{-}} = 2i\hat{Y}\) なので、最終的に
\begin{eqnarray}
\hat{X} & = & \left(\begin{array}{cc} 0 & \frac{1}{2} \\ \frac{1}{2} & 0 \end{array}\right),\\
\hat{Y} & = & \left(\begin{array}{cc} 0 & {-\frac{i}{2}} \\ \frac{i}{2} & 0 \end{array}\right)
\end{eqnarray}
を得ます。こうして得られた \(\hat{X},\ \hat{Y},\ \hat{Z}\) は11ページ目の「まとめと余談」で紹介したパウリのスピン行列に \(1/2\) をかけたものになっていて、
$$ i = -2i\hat{X},\ j = -2i\hat{Y},\ k = -2i\hat{Z} $$
とすれば(最初の式の左辺の \(i\) はクォータニオンの \(i\) で、右辺の \(i\) は虚数の \(i\) です。ややこしくてすみません)、
$$ ij = -ji = k,\ jk = -kj = i,\ ki = -ik = j,\ i^2 = j^2 = k^2 = -1 $$
となることを確認できます。すなわち、解析学的な視点でみてみると、クォータニオンは3次元空間上の関数を回転する演算子の最もシンプルな (\(l = 1/2\) の) 行列表現と一致することがわかります。\(l = 1\) のときは、うまく基底関数を選ぶことで、普通の回転行列が得られるわけですが、クォータニオンはそれよりも次元の低い \(l = 1/2\) となっているので、計算も簡単になるのはうなずけます。
また、クォータニオン同士の積と回転行列同士の積が同じ振舞いをするというのも、クォータニオンが関数を回転する演算子であることがら自明となります。例えば、関数 \(\psi(\vec{x})\) が2つの回転演算子 \(q_1,\ q_2\) に対して、2つの回転行列 \(R_1, R_2\) を使って
$$ \hat{q_1}\psi(\vec{x}) = \psi(R_1\vec{x}),\ \hat{q_2}\psi(\vec{x}) = \psi(R_2\vec{x}) $$
のような回転の影響を受けるとすれば、当然、
$$ \hat{q_2}\hat{q_1}\psi(\vec{x}) = \psi(R_2 R_1\vec{x}) $$
が成り立つので、\(\hat{q_2}\hat{q_1}\) と \(R_2 R_1\) は同じ関係を保ちます。

いかがでしたでしょうか? 3次元空間のベクトルを扱っていただけでははっきりしなかったクォータニオンと回転行列の関係も、3次元空間上に定義された関数を媒介させることで明白になりました。しかも、計算に使ったのは \(\hat{X},\ \hat{Y},\ \hat{Z}\) の交換関係とこれらの演算子がエルミートであるということだけです。Baker-Campbell-Hausdorffの公式のような難しい証明も必要ありません。関数を変換するというのが、少し抽象的でイメージしにくいとこではありますが、これでクォータニオンが3次元の回転を直接あらわしているんだということは納得できるかと思います。

ところで、クォータニオンの \(4 \times 4\) の実数行列の表現はどう解釈したらよいでしょう? \(l = 3/2\) とすれば \(4 \times 4\) の行列が得られますが、これがクォータニオンになるのでしょうか? 残念ながらそうはなりません。クォータニオンの生成子 \(i, j, k\) は2乗すると \(-1\) になるので、その固有値は \(\pm i\) となるはずですが、\(l = 3/2\) の場合、\(\hat{Z}\) の固有値は \(3/2,\ 1/2,\ {-1/2},\ {-3/2}\) と大きさが異なるものが混在するので、クォータニオンになることはありえません。\(\hat{Z}\) の全ての固有値が同じ大きさとなるのは \(l = 1/2\) の場合だけなので、結局クォータニオンの \(4 \times 4\) の実行列表現も \(l = 1/2\) の回転演算子と解釈するしかありません。実際、\(4 \times 4\) の実行列表現は \(2 \times 2\) の複素行列表現の各成分の複素数を \(2 \times 2\) の行列 (4ページ参照) に置き換えただけです。

それにしても、\(l\) が整数でない場合の回転演算子というのはちょっと不思議です。クォータニオンを見ればわかるように、座標系を360度回転させても、関数 \(\psi\) は元に戻らず、\(-\psi\) になります。つまり、\(\psi\) は2価関数ということになってしまいますが、内積の定義が破綻してしまわないでしょうか? この点については大丈夫で、座標系を360度回転させても、大きさが1の複素数がかかるだけであれば、内積の値は変化せず、内積の定義が破綻することはありません。実際、回転の演算子は内積の値を変化させない (つまり回転の生成子がエルミートである) という条件の元で計算をしているので、内積の定義が破綻するような結果は起こりません。\(l\) が異なる2つ関数の内積を取った場合でも、\(\hat{L^2}\) がエルミートであることから、内積の値は \(0\) となるので内積の値は変わりません(下の注釈参照)。

ちなみに、\(l\) が整数の場合、\(|l,\ m\rangle\) はゲーム開発者にもおなじみの球面調和関数 \(Y^m_l\) (に任意の \(\psi(r)\) をかけたもの) となります。

(*) 正規化は問題ないとして、\(|l,\ m\rangle\) の直交性はまだ示していませんでした。しかし、\(\hat{Z}\) がエルミート演算子であることから
\begin{eqnarray}
& &\langle l,\ m’|\hat{Z}|l,\ m\rangle & = & m \langle l,\ m’|l,\ m\rangle\\
& = & \langle l,\ m|\hat{Z}^{\dagger}|l,\ m’\rangle^* & = & m’ \langle l,\ m’|l,\ m\rangle
\end{eqnarray}
が言えるので
$$ (m -{} m’)\langle l,\ m’|l,\ m\rangle = 0 $$
が成り立ち、\(m \neq m’\) なら \(\langle l,\ m’|l,\ m\rangle = 0\) を示せます。
同様に、\(\hat{L^2}\) もエルミートなので、\(l \neq l’\) もしくは \(m \neq m’\) であれば \(\langle l’,\ m’|l,\ m\rangle = 0\) となります。

6 thoughts on “クォータニオン徹底解説

  • 2018/11/04 at 6:20 AM
    Permalink

    Baker-Campbell-Hausdorffの公式と X, Y, Z の交換関係
    [X, Y]=Z, [Y, Z]=X, [Z, X]=Y

    を使えば、 e^XC=e^XA*e^XB としたときの XC は
    XC={a⃗ +b⃗ +12(a⃗ ×b⃗ )+112{a⃗ ×(a⃗ ×b⃗ )+b⃗ ×(b⃗ ×a⃗ )}+⋯}⋅X
    これのどこに交換関係を利用しておられるのですか?

    Reply
  • 2018/11/04 at 6:22 AM
    Permalink

    9ページの最初の方に書かれている内容です

    Reply
  • 2018/11/05 at 11:47 AM
    Permalink

    コメントありがとうございます。
    $$ [X_A, X_B] = (\vec{a} \times \vec{b}) \cdot \vec{X} $$
    とするのに使っています。

    Reply
  • 2018/11/06 at 4:26 AM
    Permalink

    こんな質問にまで答えてくださりありがとうございます

    Reply
  • 2018/11/07 at 4:50 AM
    Permalink

    10ページの内容なのですがR(a→ 、 θ)にベクトルv→ をかけるとa→ を軸にθだけ回転した式が与えられるのであればRに対応したクォータニオンqで
    v→*qで回転したv→が求められそうだと思ったのですが、これでは値は求められないのでしょうか?

    Reply
    • 2018/11/07 at 1:18 PM
      Permalink

      9ページまでの説明で、回転行列同士の積とクォータニオン同士の積は同じ振舞いをすることがわかったわけですが、ベクトルに対する作用が同じということまでは言えません。そもそも、ベクトルにクォータニオンを作用させる方法も定義されていません。
      そこで、10ページ目では、回転行列の座標変換(これは回転行列同士の積だけで表される)を使ってベクトル(回転軸)が変換されることを示し、それに対応したクォータニオン同士の積から、クォータニオンでベクトルを回転させる方法を導いています。

      Reply

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