マラソンの走力を測る3つの重要な指標があることは、ベストタイムを更新するために日々トレーニングに励んでいるランナーの方にはもうお馴染みだとは思うんですが、本ブログでもこれらの指標を何の説明もなしに使ったりするので、おさらいの意味を込めてここにまとめておきたいと思います。
3つの指標というのは、VO2max, LT, ランニングエコノミーです。
僕の場合、これらの指標を知ってから走るときの意識がだいぶ変わりました。どの指標を伸ばすためにトレーニングをしているのかを意識できるようになると、トレーニング効果も一層高まるんじゃないかなと思います。
ちなみに、この記事のVO2maxとLTの部分は下記の文献1、ランニングエコノミーについては文献2を参考にしました。
文献1:
Bassett D.R Jr., Howley E.T. 「Limiting factors for maximum oxygen uptake and determinants of endurance performance」
文献2:
Kyle R Barnes, Andrew E Kilding 「Running economy: measurement, norms, and determining factors」
これらの文献はそれまで行なわれてきた研究をまとめたレビューのようなものになっていて、色々なエビデンスやデータが紹介されているのでとても面白いです。専門用語が多いので辞書必須ですが勉強になりました。オススメです。
VO2max
Vはボリューム、O2は酸素(\(O_2\))のことで、本当は\(\dot{V}O_{2max}\)(ブイドットオーツーマックス)と書いて単位時間に消費される酸素の量をあらわします(Vの上のドットは時間微分つまり単位時間内での変化量をあらわす)。
通常はml/(kg・分)(体重1kgあたり1分間に消費される酸素の量(ml))という単位が使われ、これは体重が重い方が走るときに負荷がかかってより多くの酸素を必要とするからなんですが、体重と酸素の消費量の関係は比例ではないらしいです。
VO2maxは日本語では最大酸素摂取量と呼ばれていますが、人間はクジラやイルカのようには酸素をたくわえておけないので、「摂取量 = 消費量」となり、この指標はどれだけ激しい有酸素運動ができるかを表していると言えます。実際、測定ではトレッドミルの上などで呼気を計測するマスクをつけながら有酸素運動を行ない、どれだけ酸素が消費されたかを計測します。
呼吸によって取り込まれた酸素は、まず肺で血液に吸収(二酸化炭素と交換)され、心臓によって酸素を含む血液が循環されることによって全身の筋肉に酸素が供給され、筋肉の中のミトコンドリアが酸素を使ってエネルギー(ATP)を生み出すことによって有酸素運動が行われます。つまり、VO2maxの値は肺による酸素の供給能力、心臓などによる血液の循環量、筋肉による酸素の消費能力のうち最も低いものでリミットがかかるわけですが、健康な人間のほとんどの場合は血液の循環量によってVO2maxが決まり、心臓が鍛えあげられたエリートアスリートや標高が高く空気が薄い場所では肺の能力で上限に到達するそうです(文献1)。
つまり、VO2maxを上げるにはまず心臓を鍛えろってことです。Jack Daniels博士によれば、Easyペースのランニングでも心臓の筋肉は鍛えられるので、とにかく走ってれば心臓は鍛えられるんだと思いますが、一番良いのはやはりインターバル走でしょう(「色々なランニングのペースとそのトレーニング効果」参照)。
あと、単位がml/(kg・分)というのも忘れないでください。分母に体重がくるので、体重を減らせばVO2maxは上昇します。まだ体重を落とせる人はこれが一番簡単な方法かもしれません。
LT
Lactate Thresholdの略で、日本語では乳酸性閾値。これちゃんと説明すると長くなっちゃうんですが、少しガマンして読んでください。
筋肉のエネルギー源であるATPは酸素を使わない解糖系による代謝や酸素を使うクエン酸回路(TCA回路)+電子伝達系による代謝の過程でADPとリン酸が合成されることによって作られます。このうち解糖系でグルコースが分解されるときに乳酸(本当はピルビン酸だけど後で乳酸に変わる)が生成されるのですが、ピルビン酸や乳酸はクエン酸回路の燃料として使うことができるので、解糖系よりもクエン酸回路が多く働いているうちは乳酸はたまりません。
筋肉はATPをADPとリン酸に分解したときに得られるエネルギーを使って収縮します。運動強度が低い間はクエン酸回路+電子伝達系によるATPの供給で間に合うのですが、クエン酸回路は複雑で反応に時間がかかるのため、運動強度が上がってくるとクエン酸回路+電子伝達系のATPの生成が追いつかなくなります。するとADPの濃度が上がって解糖系の代謝が促進されるようになります。解糖系は燃費が悪く、グルコース1分子から生成できるATPの数がクエン酸回路+電子伝達系より少ないのですが、反応速度はクエン酸回路の100倍あるそうで、運動強度が上がると解糖系の代謝がどんどん増え、ある運動強度に到達するとクエン酸回路で乳酸を消費しきれずに急激に乳酸がたまるようになります。この乳酸が急激にたまりだす運動強度をLTと呼ぶわけです。
乳酸がたまると筋肉中の水素イオンの濃度が高くなり(つまり酸性になり)、筋肉の機能に悪影響を及ぼすようになります。そのため、強度がLTを越えた運動は長続きしません。
LTはVO2maxの何パーセントの酸素消費量の運動強度で血液中の乳酸が増えだすのかであらわすことができます。同じVO2maxを持つ人でも、LTが違えば長距離を走るときの速さが変わってくるわけです。
クエン酸回路+電子伝達系の代謝はミトコンドリアの中で行なわれるので、ミトコンドリアを多く含む遅筋繊維は乳酸がたまりにくく、持久力があります。一方で速筋繊維は収縮の速度が速く素早い運動をすることができるのですが、ミトコンドリアが少なく持久力がありません。つまりLTを上げるには、なるべく遅筋を使って走った方がいいということになります。
残念ながら遅筋繊維と速筋繊維の割合は生れつき決まっているようで、トレーニングによって変えることはできないのですが、体の場所によって遅筋繊維の割合が多いところと少ないところがあります。例えば太ももの裏側やふくらはぎは遅筋繊維の割合が高く、太ももの前側は速筋の割合が高いそうです(というのをどこかで見たんだけど、元記事がみつからない・・・)。例えば階段を登ると太ももの前面がすぐに疲れますよね。これは階段を登るのに速筋が使われてしまうからで、走るときは太ももの裏側の筋肉を使うように心掛けるとLT的にはいいはずです。太ももの裏側はおしりを伸ばすときに使われるので、僕は腰の位置を高くして、おしりが伸びるのを意識しながら走っています。
また、LTとミトコンドリアの量には強い相関関係があることがわかっていて、トレーニングによるLTの増加量とミトコンドリアの増加量にも強い相関関係があるそうです(文献1)。理屈の上でもミトコンドリアの量が多ければLTは上がるはずなので、ミトコンドリアを増やすようなトレーニングをすればLTの向上が見込めます。オススメはEasyペースのロング走(「ロング走(LSD)のペースと長さ」参照)。Thresholdペースで走るテンポ走もLTを上げる効果があるといわれています(「色々なランニングのペースとそのトレーニング効果」参照)。
もうひとつ付け加えると、速筋繊維には遅筋に近い性質を持つType IIa(中間筋ともよばれる)とミトコンドリアがかなり少ないType IIbがあり、この割合はトレーニングで変化することがわかってきたそうです(ONYOURMARK「トレーニング座学 #04 エネルギー代謝(3)筋肉のタイプ」より)。なので、トレーニングでType IIaの筋繊維が増えればLTも向上することになります。
ランニングエコノミー
走りの効率の良さ、燃費のことです。走る速度に対してどれだけの酸素を消費しているかであらわすことができ、酸素消費量(ml/(kg・分))と速度(km/分)の比となるので、単位はml/(kg・km)となります。つまり、1km走るのにどれだけ酸素を消費するかと考えることもできます。
この値は走る速度によって変化する可能性があるわけですが、実際はそれほど大きく変化しないようです(The Science of Sport「Running Economy Part I」)。これは酸素の消費量が走る速度に比例すると言い換えることもできます。
でも無酸素運動が強くなれば酸素の消費量は相対的に少なくなりそうですけど、どうなんでしょう? 速筋に含まれるATPを分解してエネルギーを生み出すタンパク質は遅筋のに比べて効率が悪く(より多くのATPを必要とする)、パワーは出るけど燃費が悪いみたです。なので無酸素運動をする速筋を使って走ってもランニングエコノミーは上がらないのかもしれません。また、トレーニングによって中間筋(Type IIa)を増やせばランニングエコノミーが上がると考えている人もいるようです(文献2 Muscle fiber typeセクション参照)。
ランニングエコノミーって単純に走り方の良い悪いでしょって思ってたんですが、実際はもっと複雑で、代謝の効率、呼吸や心臓の鼓動で消費する酸素の量などの影響もあるそうです。特に呼吸で消費する酸素の割合は高いらしく、トレーニングで効率よく呼吸できるようになるとランニングエコノミーも向上するという話もあります(文献2)。
でもやっぱり走り方が重要であることは間違いないでしょう。よく言われるのが体の上下動をなるべく小さくすることです。実際、エリートランナーと普通の(競技者レベルの)ランナーを比較して、エリートランナーの方がわずかに上下動が少なく、ランニングエコノミーが良かったというデータがあるそうです(文献2)。ただ、上下動を無理に少なくしようとするとストライドが小さくなって(ピッチが速くなって)ランニングエコノミーが悪くなることもあるようなので要注意です(文献2)。
ストライドとピッチで言うと、ストライドが長い方が(ピッチが遅い方が)足の動きが少なくて済むのでランニングエコノミーが良くなります。ただし、ストライドが大き過ぎるのも良くありません。地面を蹴るときに大きな力が必要になり、速筋が使われてしまってランニングエコノミーが悪くなります。また体の上下動も大きくなりがちです。
よくトレーニングを積んだランナーに普段とは違うストライドとピッチで走ってもらったら、ストライドを大きくした場合も、ストライドを小さくした場合も、両方ランニングエコノミーが下がったというデータがあるそうです(文献2)。なので無理にストライドを大きくしようとするのはよくなく、トレーニングの中で自分にあったストライドを自然に身に付けるのが良いと言えます。
アキレス腱や筋肉に蓄えられる弾性エネルギーをうまく使うこともランニングエコノミーの向上に役立つそうです。走行中、足を着地したときに失われる運動エネルギーや位置エネルギーの35%がアキレス腱に、17%が土踏まずのアーチに弾性エネルギーとして蓄えられるという見積もりもあって、これらを利用すればより少ない力で地面を蹴ることができるようになります(文献2)。それにはしっかり足を伸ばしてタイミング良く地面を蹴らなければいけません。
しかし、ランニングエコノミーを改善しようとして、素人考えで下手にストライドを伸ばすことや足の弾性エネルギーを利用することを意識してしまうとフォームを崩したりケガの原因となったりするので、個人的にはやらない方が良いと思っていて、それよりも基本に忠実に、背筋を伸ばして、やや前傾姿勢で、腰の位置を高く、ももを上げて走ることを意識しながら速く走る練習をするようにしています。速く走ることで上手な体の使い方を自然に覚えるという考えです。
そういえば、前傾姿勢とランニングエコノミーの関係も文献2に載っていました。長距離ランナーをランニングエコノミーの良し悪しでグループ分けして、前傾姿勢の度合を比較したところ、ランニングエコノミーが高いグループで5.9度、中間のグループで3.3度、低いグループで2.4度の前傾姿勢で走っていたことがわかったそうです。
走るという簡単なことのように思えますが、効率良く走るには色々な筋肉を動かすタイミングや力の強さなどが正確にコントロールされなければならないのです。走り慣れないうちは力を入れるタイミングが悪かったり、無駄な力が入ったりして、ランニングエコノミーが悪いのですが、トレーニングをするうちにタイミングや力の加減を体が自然に覚えてランニングエコノミーが良くなります。
といってもダラダラ走っていてはストライドも伸びないし、足の弾性エネルギーを利用することもできません。上手な走り方を体に覚えさせてランニングエコノミーを高めるには、レペティション走で速く走る練習を繰り返すのがオススメです(「色々なランニングのペースとそのトレーニング効果」参照)。といいつつ、僕はレペテイション走やったことないんですけどね。来期はレペテイションもやろうかなと思ってますが、個人的にはインターバル走や速めのテンポ走でもそれなりに効果があるんじゃないかなと感じています。
VDOT
ここまで3つの指標について説明してきたわけですが、実際にこれらの値を測定するのは難しいですよね。お金払えばどこかで測定してもらえるとは思うのですが、1回測っただけでは「ふーん」で終わってしまいます。定期的に測定して、それを練習メニューにフィードバックしなければ意味がありません。そういうわけで、これらの指標の意味を知っておくことは練習メニューを考える上でとても大事だと思うんですが、我々市民ランナーにとって実用的ではありません。
そこで、最後に別の指標「VDOT」を紹介したいと思います。
VDOTはこのブログでも度々名前が出てくるJack Daniels博士が考えたもので、言ってみればVO2maxとランニングエコノミーを合わせたものです。ランナーの走力をあらわす指標としては、VO2maxの値よりもVO2maxで走ったときの速度を知ることの方が意味が大きいわけです。
でもVO2maxでの速度を知るには結局トレッドミルの上でVO2maxを測らなければダメなのでは? と思うのですが、ここからがJack Daniels博士のスゴイところなのです。
博士は何年もかけて様々なレベルのランナーのVO2max, 少なくとも4つの速度でのランニングエコノミー(酸素消費量), 様々な距離でのレースタイムのデータを集めました。
速度とランニングエコノミーの関係から、そのランナーの速度と運動強度(酸素消費量のVO2maxに対する割合)の関係がわかります。これを様々な距離でのレースタイム(運動の持続時間)と組み合わせると、運動の持続時間と運動強度の関係がわかるわけです。博士はこれを様々なランナーについて行なって集計して、運動の持続時間と運動強度の間には一定の関係があることをつきとめたのです。
これを使えば、VO2maxが未知のランナーのレース結果から
レースタイム(運動の持続時間)からその時の運動強度がわかる
↓
運動強度とレースペースからVO2maxでの速度がわかる
↓
VO2maxでの速度からVO2maxを推定できる(これがVDOT)
ようになるわけです。
そして、この手順を逆にたどれば、他の距離のレースタイムを予測するができるのです!
こうして出来たのがVDOT Running Calculator(「色々なランニングのペースとそのトレーニング効果」参照)です。このCalculatorを使うと右上のところに自分のVDOTが表示されます。
ただし、このVDOT、博士が集計したランナーのデータを元に推定しているわけで、そのランナー達の平均的なランニングエコノミーが適用されているはずです。博士は様々なレベルのランナーのデータを集めたと言っている(そう本に書いてある)のですが、それはアスリートとして様々なレベルということであり、我々のような市民ランナーが含まれていないのは容易に想像できます。
ランニングエコノミーはトレーニングをすればするほど上がっていく(トレーニングを通して体が効率の良い走り方を覚える)ので、市民ランナーよりもはるかに高いランニングエコノミーを使ってVDOTが計算されているということになります。
そこで、VO2maxの推定によく使われるクーパーテスト(ウィキペディアの「最大酸素摂取量」参照)とVDOTを比べてみました。12分間で3000m走れたとすると、VDOTが47.8, クーパーテストによるVO2maxの推定が55.4という結果になり、やはりVDOTの方がかなり低くなります。
また、もうひとつ注意しておきたいのは、VDOTにはLTが考慮されていないということです。博士は様々なランナーのデータを集計して運動の持続時間と運動強度の関係をつきとめたわけですが、そこには個人差(LTの差)があったはずです。当然LTが高ければ同じ強度でもより長く持続することができるわけで、LTを考慮せずにVDOTを計算すると当然誤差が出てきます。
LTもまた、トレーニングを積んだランナーの方がミトコンドリアの量が多く、市民ランナーに比べて高くなる傾向があるはずなので、例えば、5kmのレース結果からフルマラソンのレースタイムを予測すると、実際のタイムよりもかなり良いタイムが出てくる可能性があります。
僕はまだ1500mと10kmのレースしか走ったことがないので(来月初マラソンです!)、まだちゃんとした比較ができないですが、10kmのレースタイムから予測した1500mのタイムと実際のタイムを比較すると、実際のタイムの方が8秒程速いのです。なので、おそらくマラソンのタイムは予測タイム(3時間19分!)よりだいぶ遅くなるんじゃいかなと思っています。